こんにちは、ともともです。
6月からお届けしてきました、株式会社アドバンス磯田雅人社長の半生。
まだ読んでらっしゃらない方は、まずはこちらを⇩
前回は、赤字だった奈良県の物流倉庫 奈良斑鳩要冷センターを3カ月で黒字に転換されたお話までをご紹介してきました。
今回は、のちに株式会社アドバンスへと社名変更される株式会社栄進に転籍されるお話から、磯田社長の今後の展望までをどうぞ~。
乗り気でなかった、奈良斑鳩要冷センターから(現)株式会社アドバンスへの転籍
以前の社名は、株式会社栄進。
赤字で設備投資もできないし、どうしようもない会社で、誰も行きたがらない会社で有名だったそうです。
上層部は、磯田社長に栄進を整理してくる(倒産させる)ために業務命令を発令。
ですが、磯田社長は各工場を視察に回るうちに「潰れたら工場で働いている人たちは困る。ここで作った商品を販売している万代も少なからず困るはずだ」と思い、各工場の現状を隅々まで調べ上げ「浜松のもやし工場はなんとかなる」と、当時の機能を活かしながら、数百万円を投資し、大学教授や機械屋さんなどプロたちに意見をもらうことにしました。
それぞれに意見が異なる部分も多々ありましたが、みなさん、温度管理と水を徹底するという意見は一致。
すぐに取り入れることで、一気に商品が良くなり、また、せっかく商品がよくなったのだからきれいな服を着せてあげないとと、当時は少しダサかったパッケージも一新。
今では、めちゃめちゃ美味しいと評判のもやしが誕生した瞬間を迎えました。
(何度も言いますが、私のイチオシは赤いパッケージの根切り大豆!)
「応援することが好き」で有名な磯田社長
大阪プロレスや花園近鉄ライナーズのスポンサーをされていたり、「頑張っている人がいると応援したくなる」という磯田社長。
頑張る人を応援することが好きな理由は、自身がたくさんの人々に支えられてきたため、恩返しをしたいとの思いが強いからだそうです。
前の奥様が亡くなられた後「まずは子どものことを知らなければ。そのためには学校のことを知らなあかん」と、PTAに参加。
第2話でご紹介したように、夜間に奈良県の物流倉庫 奈良斑鳩要冷センターでお仕事されていた時期もあったため、お子さんたちがご近所さんの家に泊まりに行ったり、学校の先生が帰るまで職員室で面倒を見てくれていた、夏休みなどの長期休暇では家に泊めてくれるお宅があったなど、みなさんが自分の子どものように接してくださっていました。
「素直に育ってくれたのはみんなのおかげ、地域に助けられてきたので、恩返しをしないといけない」との思いが、応援することが好きな磯田社長を原点となっているんです。
また、42歳のときに息子さんが、友達をかばい交通事故により命を落としてしまいます。前の奥さんを亡くされちょうど10年目。やっと立ち直りかけてきた時に絶望を経験。
ですが、お通夜の日に中学校のPTAの方々が約30人いらっしゃり「また役員に戻ってきてほしい。返事は後でいい。みんな見守ってるから」と懇願されたこともありました。
みなさん、磯田社長をこのままにしていたらダメになってしまうとの思いからの行動だったのですが、当時を「今、言わんといてくれよと思ったが、とっても救われた」と振り返ってらっしゃいました。
愛する奥様との馴れ初めもお話しいただきました
出会いはPTAだったそうです。
前述したように、息子さんが亡くなったときに絶望の淵に立たされた磯田社長。
そんな磯田社長を励まそうと中心になって動いてくださったのが、現在の奥様だったんです。
PTAの副会長をされていた奥様が中心となり、磯田社長を励まそうとしてくださったり、娘さんのことも気がかりだと、約1カ月ほど支えてくださったことも。
奥様も、娘さんが交通事故にあってしまったり、辛い思いも経験されたときに「今度は自分が支えていきたい」とプロポーズ。
お互いにお子さまがいらっしゃるため、すぐ家族になることは難しく、奥様がかなり悩まれてしまったこともあったのですが、「僕はみんなを受け止めた人生。子どもたちも成長するとわかってくれる時が来るでしょう」とずっと支え続けられて20年。
ごく最近まで色々なことがあったと話されていましたが、娘さんのご主人が、浜松の工場に勤務されたり、お孫さんとテレビ電話する❝もしもしの日❞という名のかわいい日を設けてらっしゃるなど、20年の歳月を経て、やっと家族になることができたと話してくださいました。
ちなみに、お互いが再婚のため結婚式は挙げないつもりでいらっしゃったそうですが、会社の役員さんたちが発起人となり、参列者400人という盛大な結婚式も挙げられたそうです。
朝日からパワーをもらい難病から復活した経験も
ご結婚されてから、5:30出勤、夕方は万代の子会社で宴会部長をという生活を送ってらっしゃたため、1年に1度は倒れてしまっていた磯田社長。
そして、現在の株式会社アドバンスの社長に就任されてすぐ、難病指定の病気が発覚し入院。
治療方法がない、治るかわからないと宣告され、入院生活を送られていた時に、朝日を見ると、朝日にはすごいパワーがあることに気付き、「パワーくれ」と言うと、本当にパワーがきたこともあり、このピンチをチャンスに変えてやる!と、経理や財務の勉強も始められ、今まで以上に実務経験も知識も兼ね備えた最強な社長へと進化を遂げられました。
今後の磯田社長の展望を教えてください!
10年ごとに転機が訪れるという磯田社長。
70代に突入しても、きっと自分はこのままだと思うが、今後は、自分らしく生きれるかどうか、自分を貫けるかどうかが大事。
歳の取り方やオーラを持ち続けるために、楽しいことを増やしていきたい。話を聞くことものすごく大事なので、みんなの話を聞いて自分も変えていきたいと語られていました。
また、前の奥様がある日曜日の朝に亡くなられたときに「みんなは幸せな日曜日やのに、なんで自分だけこんなに辛いのか」と絶望した経験や、夜間に奈良の物流倉庫で働いていた時に、朝日のパワーがすごすぎて、ドッと疲れてしまった経験から、朝日が大嫌いだったそうですが、1番嫌だったものを見て過ごしてきたからこそ今があると、社長室にはサンライズサンセットの絵を飾っているのだそうです。
感謝するだけで恩返しすることを忘れてしまう人が多いなか、周囲の人を大切にしながら、恩返しの心を忘れず生きてらっしゃる磯田社長。
不思議な経験もたくさんされているので、またちょくちょくお話をうかがいたいなと思いました。
磯田社長、株式会社アドバンスのみなさま、この度は本当にありがとうございました~☺
情報
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住所 | 大阪府東大阪市渋川町3丁目14番28号 |
電話番号 | 06-6720-6681 |
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