大阪プロレスが100倍面白くなる選手名鑑〜タイガースマスク〜

大阪プロレス タイガースマスク イザナギ 丸山敦

こんにちは、もこじーです。推し活やってますか?

大阪プロレス タイガースマスク イザナギ 丸山敦
ちびっ子ファンとの撮影の時、可愛いポーズをとってくれるタイガースさん

「推し活」とはイチオシのタレントやキャラクターなど「推し」を応援する活動のこと

まだ自分の推しが見つかっていないという「あなた」。そんなあなたには、大阪プロレスのレスラーを自分の推しにすることをお勧めします♪

大阪プロレスのレスラーはこんなに素敵

1、会いにいけるアイドルである
試合やイベントで会える、話せる、一緒に写真も撮れる、サインももらえる!大阪プロレスのレスラーは、みなさんとっても紳士でフレンドリーです♪

2、子どもが喜ぶ
強くてかっこよく、優しく、面白い。そんな大阪プロレスのレスラーは子どもたちにも大人気。親子で応援できるので、親子の絆が深まること間違いなし!

3、笑いあり涙あり、大阪で最高のエンターテイメントである
大阪プロレスは知れば知るほど奥が深い。今の時代、YouTubeなどで昔の試合も見ることができる。大阪プロレス=お笑いのイメージが強いかもしれないが、かっこいい試合、感動の試合も盛りだくさんなのである。

野獣 タイガースマスク

1976年。3人兄妹の次男として大阪府吹田市で生まれたタイガースマスクさん(以後タイガースさん)。

ご本人は「幼い頃の記憶は、通学路で蛇を見つけたということくらいしか覚えていない」そうですが、お母様の話によると「選挙演説をしている人からマイクを取り上げて【仮面ライダーV3だ!】と叫んでいるワンパクな男の子だった」ようです。タイガースさんのマイクパフォーマンスのルーツはこの時だったとか、なかったとか。

タイガースマスク 大阪プロレス 若い頃
若手時代のタイガースマスクさん(写真提供S.I会様)

転校を機に寡黙な少年に変わっていった

小学校1年生の夏休み明け、タイガースさんは高槻に引っ越し、学校を転校をします。この転校を機に、おとなしく誰とも喋らない少年に変わっていったタイガースさん。

大阪の学校ではだいたい「ボケ」と「ツッコミ」に別れるのですが、おとなしかったので、「ツッコミ」に回されてそうです。バファローさんに対する厳しいツッコミは、小学校時代に培われたものだったんですね!

↑うちの息子のお気に入り動画です

子ども時代はどんなスポーツをやっていたの?

小学生の頃は、子供会のソフトボールや、剣道をやっていたタイガースさん。

小学3年と4年の時は、剣道道場の大会で優勝しています。でも、剣道は嫌いだったそう。理由は当時の先生が鹿児島出身の偉い先生で、冬場の凍るような寒さの中、先生の話を裸足で正座して1時間程聞かなければならなかったことと、毎朝「大阪の人間には負けんぞー」と叫ばされていたこと。心の中では「俺、大阪人やのに・・・」とツッコミを入れていたタイガース少年でした。(でも素直に叫んでいたそうです。)

一方、子供会で参加していたソフトボールは、とても強いチームでした。タイガースさんのポジションは「キャッチャー」。ピッチャーの越智くんとバッテリーを組んでいました。二人とも二歳上のお兄さんがいて、お兄さん達もバッテリーだったことから、タイガース少年もお兄さんと同じキャッチャーになりました。

タイガースマスク 大阪プロレス 若い頃
お笑い試合の時のコスチューム(写真提供S.I会様)

中学時代は野球が好きじゃない野球少年

中学に上がり、タイガース少年は野球部に入部。「小学生の頃、ソフトボールをやっていた友達がみんな野球部に入ったので、特に何も考えず野球部に入りました。」

野球部では外野を守っていたましたが、補欠でずっとグラウンドを走っていたんだとか。それでも友達がいたので3年間野球を続けたタイガース少年でした。

自我の目覚め

そんなタイガース少年でしたが、中三でついに自我に目覚めます。高槻市には当時【地元集中】という運動がありました。「みんなで一番近い学校に行って、学力差を無くそう」という活動でしたが、この活動に疑問を覚えたタイガース少年。

「みんな一緒っておかしくないか?と気づいたんです。先生は世の中のことを何も知らないんじゃないか?と。反発して、僕は一番遠い学校に行きました。自転車で30分以上かけて、友達も誰もいない学校に(笑)」

タイガースさんのこういう所、尊敬します。

タイガースマスク 大阪プロレス 若い頃

タイガースマスク 大阪プロレス 若い頃
ちびっ子にも大人気のタイガースマスクさん(写真提供S.I会様)

プロレスにハマった高校時代

高校の時は大河ドラマで見た「宮本武蔵」に影響を受け、再び剣道部に。ところが高校一年の冬頃からプロレスにハマっていきます。当時は全日本プロレスの中継が深夜テレビで放送されていました。プロレス好きだったお兄さんが録画したものを、晩ごはんの時に家族で見ているうちに、タイガースさんは川田利明選手に憧れるようになりました。

川田選手と川田選手の高校の先輩である三沢光晴選手の関係が、自分と自分の兄との関係とダブり、「兄貴分に自分をぶつけていくということにすごく憧れました。言葉よりも体でぶつかる方が感情表現ができると。だから自分もプロレスをやりたいと思ったんです。」

高校3年生で剣道部のキャプテンにタイガースさんは、剣道部に部員がいなかったこともあり、部活時間になると剣道部のプロレス好きの同級生と、剣道部ではないプロレス好きの同級生2人、そしてタイガースさんの計4人でプロレス同好会のようなことを始めます。

「ラジカセを用意して入場曲をかけて、試合をし、終わったら控え室に行ってインタビューをして」とかなり本格的なプロレスごっこをしていたようです。

タイガースマスク 大阪プロレス 若い頃
デビュー10周年試合(写真提供S.I会様)

親父(オヤジ)の夢を叶えるため大学進学

「高校を卒業したらプロレスラーになりたい」とお父さんに伝えたタイガースさんでしたが、お父さんからは「卒業したら好きなことをしたらいい。でも大学にだけは行ってくれ」との言葉が返ってきました。

「親父(オヤジ)は子供に大学行かせるというのが夢だった。」

お父さんは、ご自身が大学に行かず苦労した経験から、子どもには大学を出て欲しいという夢をもたれていました。お父さんの夢を叶えるために大学進学を決めたタイガースさん。とても親想いの素敵な人ですね。

そこで、「レスリング部のある大学」ということで桃山学院大学に進学。4年間アマチュア・レスリング部に所属。4年間後は引退になるので、卒業してプロテストを・・・と思っていたタイガースさんでしたが、大学に気に入られていて「もう一年いて欲しい」と頼まれたことから、桃山学院大学に籍を置きながら、大阪学院大学の学生プロレス団体「OWF」(現:プロレスリング紫焔(しえん))に所属。計5年間の大学生活を送ります。困っている人がいたら断れないタイガースさんらしいエピソードですね。

学生時代のリングネームは「アンデレ丸山」でした。桃山学院大学はキリスト教の学校。キリストの1番弟子がアンデレです。これは先輩がタイガースさんにつけてくれたもの。

しかし、大学の学生プロレスはプロの試合の見よう見まね。もちろん受け身などの練習をしていましたが、プロでは全く通用しなかったとのこと。

タイガースマスク 大阪プロレス 若い頃
オレンジコスチューム 2012年頃(写真提供S.I会様)

ついにプロレスラーへの道を踏み出す

大学を卒業してプロレスラーへの道を目指したタイガースさん。

夢は全日本プロレスの選手になることでした。お兄さんが全日本プロレスの募集要項を取り寄せてくれたのですが、そこには「身長180センチ以上」と書かれていたので、全日本プロレスは諦めました。

そして、以前見に行った「みちのくプロレス」が頭に浮かびました。「みんな僕より背が低かった。」

そう思い、みちのくプロレスを目指したタイガースさん。学生プロレス時代一緒だったカネロ・ロココア選手がスペルデルフィン選手の友達だった事もあり、カネロ・ココア選手に「みちのくプロレス」のスペルデルフィン選手を紹介してもらいます。

その後スペルデルフィン選手が大阪プロレスを立上げたことから、タイガースさんは大阪プロレスの入団テストを受けることになりました。

余談ですが、昔大阪プロレスに小山良というレフェリーがおり、それがカネロ・ココア選手の正体だったそうです!

タイガースマスク 大阪プロレス 若い頃
2007年頃(写真提供S.I会様)

合格の決め手は一発芸だった!?

「僕が合格した理由は一発芸(アピールタイム)でバク転やバク宙ができたのと、大学のレスリング部に代々伝わる芸だと思います。それは、競歩で最後の最後、ゴール後に倒れる選手のモノマネ(笑)」

それが当時の面接官(デメキンさん、松井レフェリー、和田さん、立花さん)にすごくウケたそうです。

入団テストでもウケ狙いに行くところがタイガースさんらしいですね。

苦労の練習生時代

入団後は「めちゃくちゃ苦労した。」とタイガースさん。
「大阪プロレスのマットは日本一レベルで硬い。道場に当時あったリングは板が見えているほどめちゃくちゃ硬かった。そんな中、厳しい練習をしていました」

タイガースマスク 大阪プロレス 若い頃
デビュー10周年試合後ブラックバファロー選手と(写真提供S.I会様)

大阪プロレス王座と大阪お笑い王座を制覇

そんな厳しい練習生時代を経て、タイガースさんは様々なタイトルを獲得していきます。

実は、昔の大阪プロレスでは「真面目な試合をする選手」と「お笑いの試合をする選手」で棲み分けしていました。しかしタイガースさんは大阪プロレス王座、大阪お笑い王座の両方を獲得しています。「大阪は面白くて一目置かれる。」という信念で、チャンピオンになっても面白いことをやめませんでした。

今でも、真剣勝負の時はパンタロン姿、楽しい試合では野球のユニフォーム姿とコスチュームを使い分け、試合に出場されています。

タイガースマスク 大阪プロレス

入場曲に隠された兄弟愛

タイガースさんのお兄さんの夢は、ミュージシャンになることでした。「お前の入場曲は俺が作る」と約束したお兄さん。しかしミュージシャンになる夢は叶わず、お兄さんは京都で居酒屋を始めます。

約束してくれたのに・・・。

そんな思いから、お兄さんと口を聞かない時代が何年もありました。

しかし、お兄さんが居酒屋でチケットめちゃくちゃ売ってくれたり、お兄さんの友達がプロミュージシャンになり、曲を作ってくれ、その曲をお兄さんが歌いました。これが現在の入場曲になっています。

時間はかかったけれど、きっちり約束を守ってくれたお兄さん。「兄には一生頭が上がらない。」とタイガースさん。

タイガースマスク 大阪プロレス 若い頃
2010年頃の悪役時代(写真提供S.I会様)

やらかしエピソードは?

タイガースさんの中学校は、ご自身の入学時に新しくできた新設校でした。35歳の頃、創立20周年の講演会に呼ばれました。

その講演会で「先生は君らにとっては大人で全てかもしれないが、言うことは聞くな。学年で一番いいに女行け。ダメだっと思ってるのは自分自身だ。」と。良いことを言ったなぁ、と思っていたタイガースさんですが、講演後、教頭先生にめちゃくちゃ怒られました。翌日校内放送で「昨日の話には誤りがあります」と流れたのだとか・・・。

タイガースマスク 大阪プロレス 若い頃
2008年タイトルマッチの入場時(写真提供S.I会様)

夢を叶える秘訣

しかし、タイガースさんが伝えたかったことは「自分の限界を決めるな」と言うこと。

タイガースさん自身、「俺はチャンピオンになる」「プロレスラーになる」と考えていました。そして、なぜなれているのか?と考えた時、「なれる」と思ったからなれたのだ。と気づきました。

自分の限界を決めず「こうなる」と決めること。夢を叶える方法は、自分を信じることなんです。

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入場時のコスチューム(写真提供S.I会様)

パニック障害を乗り越えて

いつもパワフルなタイガースさんですが、実は2007年後半頃から7年ほどパニック障害を患っておられました。原因は先輩レスラーのファンの女性達でした。タイガースさんが試合で勝に勝つと先輩レスラーのファンから「え〜」っとブーイングされる。これが続き、だんだん辛く感じるようになります。そのうち薬を飲まないと試合ができないまでになりました。

そんなある日、お兄さんとお坊さんが話をしている夢を見ました。お坊さんが僕を「少林寺の人」だ、というような内容でした。目が覚めて、なんとなく気になって調べてみたら、「中国の嵩山(すうざん)少林寺が今季から大阪でも弟子を募集する」という記事を見つけたタイガースさん。夢のお告げ通り嵩山少林寺に入門しました。

少林寺を始めてからは薬の量が減っていき、最終的には薬なしでも試合に出ることができるように!

この話はファンの間で広まり「実は私もパニック障害で」と、相談を受ける機会も増えました。そんな人たちに対し、気功のトレーニングを教えたところ社会復帰できた人が何人もいるのだとか。
「今の日本は物質的には豊かだが人々の心は壊れてきている。少林寺の気功法の入口をわかりやすくしていけば、日本に必要なものだと思っている。」

日中武道交流大会で館長の前でドロップキックを披露するタイガースさん(6:38頃)

今後の大阪プロレスについて思うこと

「僕がベルトを持っていることもそうですし、大阪プロレスの中でいい試合をしても日本中には届かない。昔、大阪城ホールで試合をやったりもしていたけれど、全国には全然響かなかった。日本一のエンターテーメンテントになるために、僕がどう動くか、僕にかかっていると思っている。どうやって、大阪プロレスを知らない人に興味を持ってもらうかを考えなければいけない。
大阪以外で(この夏、津市や岡崎で試合をやるように)をどんどんやっていけばいい。」

「ゼウスの新生大阪プロレスは、一番僕がやりたかったことなので、嬉しかった。」と話すタイガースさん。道具屋筋のイベントでは「タイガースマスクです!よろしくお願いします!」と20年を超えるベテランがド新人のように挨拶していくという遊びで、嬉しさを表現されています。「歩いている人を天龍源一郎選手だと思って挨拶をしました!」

タイガースマスクさん、ありがとうございました。

教えてタイガースマスクさん

ママさん記者達からの質問にお答えいただきました!

Q:自分の子供がプロレスをやりたいと言ったらやらせますか?
A:子供の自由です。

Q:プロレスって子供がやりたいと言ったらどこに習いに行くの?
A:ビリーケン・キッドさんの主催するプロレス教室がおススメです。

Q:子どもが真似をしたがるんで、危険な技とか真似していい技とかあるの?A:ダブルリスト・アキレス腱スープレックスがおすすめです。
ビリー先生に習ってください。

Q:旦那に技をかけたいのですが、ママでもできるプロレスの技はありますか?
A:のどわ落とし。旦那さんがガッチリ受けるのか巻き投げで切り返すか、もち上がらないよう踏ん張るかで奥様との向き合い方がわかります。
のどわ落としを仕掛けるということは、自分ものどわ落としを食らう覚悟が必要です。

Q:子供の喧嘩を仲裁するのにいい技は?
A:ダブルインディアン・デスロック
ビリー先生に習ってください。

Q:護身術に使える技はありますか?
A:ラ・エスパルダ
ビリー先生の得意技です。

Q:朝のルーティンはなんですか?
A:水を一杯飲んでからの瞑想

Q:夜のルーティーンはなんですか?
A:クンダリーニ上昇からの大周天

Q:奥さんの家事は手伝ったりするんですか?
A:助け合いの精神です。

Q:女性が筋肉をつける方法は?
A:トランプ・トレーニング
ビリー先生とペアでやると良いでしょう。

Q:ぶら下がっていいですか?いいなら、何キロまでいいですか?
A:8キロまで。

Q:子供たちはパパの正体を知っていますか?
A:子供達、あるいは我々の多くは自分が誰かもわかっていません

Q:子供からデザインを集めてマスク作ったりしないんですか?
A:自分でデザインしたマスクは自分で被る方がよいでしょう。
やってもらう、被ってもらう、では成長しないでしょう。お前が被れ。

Q:殴られたら痛いんですか?女性に殴られても痛いんですか?
A:殴られた、という触覚、視覚、聴覚などのモーダルチャンネルから脳に信号がいきますが、実際には痛い、と認識している意識(自分)には何も起きていません。

ありがとうございました!

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